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絶望の中で思い出してほしい、合言葉は「メダカのスプーン」

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職場で育てているメダカが大きくなったので、小さな水槽から大きな水槽へ移し変えることになりました。



コンビニで貰ってきたスプーンで掬い上げようとしていたのですが、するする逃げられてしまって、なかなか移動させられませんでした。
「も~引っ越しだから~もっと広いところで泳げるようになるから~」などと言いながら、必死で逃げるメダカを追い回していました。

しばらく格闘して、ようやく全て移し替えることができ、メダカは大きな水槽でのんびり泳ぎ回り始めました。

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生きていると、突然ものすごく落ち込むような出来事に遭遇したり、立て続けに起こる事件でぼろぼろになったり…ということが何度かあります。
そういう時に無理に元の状況を維持しようとにしがみつこうとすると、事態が余計に悪化することがあります。

そんな時、もしかしたら私達はこの引っ越し前のメダカのような状態なのかもしれません。

自分が成長した事で、今生きている場所や人間関係が窮屈だったり、合わなくなってきている。でも、今いる場所以外の新天地の存在が全く想像できない。
ちょっと狭苦しくて、なわばりやえさをめぐって周りと喧嘩することもあるけど、まぁ少し我慢したら、生きていけるかな。

そんなメダカ(あなた)の様子を遠くで見ている存在(神、大いなる力、自然の摂理、集合的無意識…しっくりくる言葉があれば好きなものでいいと思います)が、「そろそろ引っ越しさせようか」とスプーンを差し出してきたのかもしれません。

メダカにしてみたらいきなり巨大なスプーンに追い立てられるという大事件に遭遇したら、「大変だ!押しつぶされてしまう!死んでしまう!!」と焦るでしょう。
しかし、スプーンで掬いあげられることは新しく広い場所へ移動するために必要なステップですよね。
同じように、自分にとっては悲劇、絶望と感じる事件も、次のステップに進むための移動手段としてのスプーンなのかもしれません。

めちゃくちゃひどいフラれ方をして落ち込んでいたけれど、とても素敵な異性と出会ってお付き合いを始められたとか、
リストラされて失望していたけれど、それを機に独立の道が開けたとか、
絶望的な状況に陥ってしまった事で、それが新しい人生を開くカギになった、という話はよくあります。
そういう人たちも皆、スプーンに運ばれて新しい世界に向かったのでしょう。

これを読む中には、今が本当に…

自然豊かな高幡不動尊金剛寺で境内散策

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高幡不動尊金剛寺に行ってきました。
中には不動明王像がまつられており、厄除けで有名だそうです。







裏山不動ヶ丘には、花もたくさん咲いています。 足場はやや悪く、急な斜面もあるので、スニーカーで行くと良いでしょう。 今の時期は、「キツネノカミソリ」というオレンジの花が見ごろで、森のあちこちに群生していました。

見頃は過ぎてしまっていたのですが、ヤマアジサイもたくさん植わっていました。


新宿から30分ほどで行くことができるので、おすすめです。

巣鴨の隠れたケーキの名店 French Pound Houseに行ってみた

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巣鴨のFrench Pound Houseというケーキ屋さんに行きました。
巣鴨駅から徒歩5分の、大通りを一本入ったところにあるお店です。

日本一おいしいショートケーキ、というのが売りのお店なのですが、どうしてもモンブランが食べたくて、モンブランを注文し、ニルギリという紅茶と一緒にいただきました。



外装はこんな感じでとても素敵です。

内装の写真は撮れなかったのですが、こじんまりとしたお店で、とても居心地が良かったです。
席数は10席程です。かなり賑わっていました。

また行きたいです。

元大学図書館員が語る図書館を使い倒す裏ワザ

私は図書館が大好きです。
どれくらい好きかというと、学生時代には大学図書館の短期バイトを掛け持ちし、同図書館のボランティアとして活動し、さらに卒業後にそのまま図書館員になってしまった、というくらい好きです。
現在の職場は家から結構離れてしまったのですが、家の近くの図書館の蔵書が充実しているからという理由で引っ越しをやめるくらい図書館が好きです。

そんな図書館フリークとして実践している、図書館を使い倒す裏ワザをいくつか語ってみましょうか。

繰り返し読みたい本以外は借りる→部屋の省スペース化 本を蒐集し、本棚いっぱいに本が入っていることが幸せという声をよく聞きます。 しかし、本はかなり重くてかさばるので、引っ越しの時などは特に苦労しますよね。 ですので、本当に手元に置いて繰り返し読み返した本以外は基本的に借りるようにすると、部屋が本で圧迫されずに済みます。
買うのを迷っている本を見てみる 気になる本があるけれど、少し古い本だから書店で見つからない、でも買うか迷っている…なんて時、とりあえず図書館で探して中身をざっと見てみて、買うか借りるか読まないか決める、なんてこともできます。
本を見つけられなくても諦めなくていい いつも行く図書館に、読みたい本が所蔵されていないということもあるでしょう。 しかし、多くの図書館で、同一市区町村内の図書館同士で本を予約・取り寄せすることが可能となっています。 また、「相互貸借」というサービスを行なっており、よほど古い資料や貴重書などでなければ、都立図書館、県立図書館などから本を借りることができます(地域・図書館によって有料のことがあります)。 ない、とすぐに諦めずに、カウンターの職員さんに是非尋ねてみるとよいですよ。
積読防止 本を買うと、買ったことに安心して全然読まないという、いわゆる「積読」をよくしてしまいます。 しかし、図書館の本は必ず返却期限があるので、それまでに読んでしまおう、読み切れなくてもちょっとでも目を通そう、というモチベーションが生まれやすいです。
静かに集中する 図書館の中は静かで、勉強や調べものに集中することができます。
家だとだらけてしまう、飲食店だと集中できない、という人に、是非図書館の利用を勧めたいです。

本との出会いを広げる 図書館にはたくさんの本が並んでおり、なんだか気になる、という本を手に取ってぱらぱら…

人生にとって大切なことを教えてくれるーエンデの短編集「魔法の学校」読了

「モモ」「はてしない物語」でおなじみのミヒャエル・エンデが書いた短編集「魔法の学校」を読みました。

自分の本当の望みを知って想像することが大事だと教える表題作「魔法の学校」をはじめ10作品収録されています。

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読んだ中でも、「テディベアとどうぶつたち」という作品が特に強く印象に残ったので、お話ししてみましょう。

あらすじは以下の通りです(以下、ネタバレがあります)。

主人公のテディは古いテディベアで、大きくなった子供からすっかり捨て置かれていました。
ある日部屋に飛んできたハエに、なんのために生きているのか問われ、テディはうまく答えられません。そんなテディを小馬鹿にして、ハエは飛び去ってしまいます。
そこでテディは、自分がなんのために生きているのか、周囲の動物たちに聞いて歩くことにしました。
動物たちは、めいめい己の人生にとって何が大事だと考えているかをテディに話します。ネズミは家族を養うこと、メンドリは産卵すること、ミツバチは働くこと、ハクチョウは美しくあること、サルは仲間をつくること…。誰に聞いても、テディにとってしっくりくるものはありません。
また、周りを気にせずずうずうしくやることが大事というアトリや、生きる意味なんてあるわけないから、何も考えない方がいいというトカゲのように、生きる意味を考えることを軽んじる動物にも出会います。しかし、彼らの言うことにもテディは納得できません。
悩むテディに、動物たちは「やくたたず」「よけいもの」「すてるほかはない」などと冷たい言葉をかけるのです。
最後に、テディは服も買ってもらえないようなはだしの貧しい女の子に出会います。
女の子に「わたしのところへ、こない?」と誘われ、テディは女の子とふたりで幸せに暮らしたのです。

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この話がめちゃくちゃ胸に突き刺さり、電車の中にもかかわらずちょっと涙ぐんでしまいました笑

自分はなんのために生きているんだろう。
そんなことをよく考えます。

自分が無価値で無意味な存在なのではないかと不安に思い、それを拭い去るために周りの人からの賞賛を求めたり、競争に勝とうとしたり、数値に見えるよい結果を残そうとしたり…そんなことがしばしばあります。

物語中の女の子の存在はメタファーで、現実世界でいうなら、「家族や恋人のような大切な存在」だけでなくもっと広く「生きがい」「天職」「天命」などと言…

新しい華金の過ごし方!仕事終わりに江戸東京博物館に行ってみた

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昨晩、江戸東京博物館に行ってきました。


江戸東京博物館では現在「サマーナイトミュージアム」をやっていて、8月25日(金)までの毎週金曜、開館時間を21時まで延長しています。
しかも常設展は、17:30以降学生は無料、それ以外の人は通常の2割引で入れるんです。

常設展示は2階建てになっていて、江戸時代~現在までの東京の町の様子や人々のくらしについて詳しく展示されています。
ジオラマがたくさんあり、見ていてわくわくします。



駕籠に乗ってみようとか、火消が持っていたまといを持ってみようとか、体験コーナーもいろいろあります。 なぜか重たいものを持ち上げてみるコーナーが多い気がしました笑

また、等身大人形も多くありました。
江戸だけでなく、東京コーナーにも模型や実際に触れるコーナーがあります。

ヒトやモノへの強い執着心の原因と対策を考える

手にしているものがとても貴重だと感じ過ぎると、手放すのが怖くなって執着になってしまうのではないかな、と気付いた話をします。

まず、「貴重」の概念を考えてみましょう。
例えば、水について考えてみます。
普段は何とも思わずに蛇口をひねって使う水は、砂漠に行けばとても貴重です。 水は、人が生きる上で必要不可欠なもので、かつ砂漠に行けばほとんどありません。
つまり、世の中にある大事なものの中でも、さらに「手に入る量が少ない」ものが貴重なものとなります。
貴重なものは手に入りにくいので、手放すのが怖くなります。
大事に使わないといけないと感じます。 一度得ても、次の機会にはもう二度と手に入らないのでは、と思うと恐怖を感じますし、手放すことが怖くなります。
自分の場合、時間やお金、そして愛情に対してそういう執着を抱きがちだなぁと思います。
ですが、この執着が強まると、だんだん苦しくなってくるんですよね。
自由な時間は貴重だから、休みの日は有意義に使わなきゃと焦りがつのって、今この時を全然楽しめないとか。
例えば、お金は貴重だから、貯金に回すためにあれもこれも欲しいものは全部我慢しようとか。
好きな人に優しく接してもらえるのは貴重だけど、いずれ愛情が得られなくなるのではないかと不安になって、相手の行動をコントロールしたくなる(相手の自由を尊重して手放すのが怖い)とか。

そういう時は、論理的に「ある」を見つけて洗い出していくと、気持ちが落ちつきます。
一週間のうち自由になる時間を算出してみたり、通帳を開いて残高を確認してみたり、
大事な人の日々の言動の端々に愛されている証拠をひとつずつ数えあげてみたり。
そうして「ある」に気付くと、少なく貴重で絶対に手放せない、と感じる執着心のぐるぐるから一歩抜け出せます。

また、執着してしまうのは、かつて貴重なものを失って大きく傷ついた、辛かった経験があり、その時の記憶が不安感をあおっているということも考えられます。
体感としては、子供の頃の記憶が引き金となっていることが多いと感じます。

子どもの頃に時間を忘れて思い切り遊ぶことができなくて、自由に遊べる友達に憧れていたとか。
お金の事で喧嘩する両親の姿を何度も見たとか。
親や信頼している友人に見捨てられてしまった、と感じた経験がまだ生々しく残っているとか。

思い出すのはちょっと辛いかもしれないのですが、そ…

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